子どもが病気になったとき、医療は近くにあるか。
— 医療・福祉従業者密度で読む、子育てリスクの地図
「診てもらえる安心」が、家族が街を選ぶ理由になっている。医療・福祉施設の数と、そこで働く従業者の密度を別々に読むと、数字の上では近くても実態は薄い街、その逆の街が見えてくる。
この記事で分かること
- 医療アクセスは「施設の数(medicalPerPop)」と「従業者の厚み(medicalWorkersPerPop)」の 2 指標で読む。両者は必ずしも同じ方向を向かない。
- 鴨川市は施設数は普通でも従業者密度が突出(亀田総合病院などの集積)=「数は少ないが厚い」。軽井沢町は施設数同等でも従業者密度は控えめ。千代田区は昼間人口の影響で数値が高く出る。
- 医療アクセスは移住後に気づきやすく、後から変えにくい条件。各都市ページで 2 値を読み比べると実態が見える。比較は同規模の市町村どうしで。
医療・福祉施設の「数」と「中身」は別の話
子育て世帯が街を選ぶとき、「近くに病院があるか」は欠かせない確認項目だ。しかし「施設の数」と「そこで働く医療・福祉従業者の厚み」は、必ずしも同じ方向を向いていない。
街の通信簿では、医療アクセスを 2 つの指標で計測している。medicalPerPop(人口 1 万人あたりの医療・福祉施設数)と、medicalWorkersPerPop(人口 1 万人あたりの医療・福祉従業者数)だ。出典はいずれも e-Stat 経済センサス活動調査 2021 年で、産業分類「医療,福祉」(大分類P:病院・診療所・歯科のほか、介護事業所・保育所・社会福祉施設等を含む)の事業所数・従業者数を人口比で見ている。前者は「どれだけ施設が点在しているか」、後者は「その施設で実際にどれだけの従業者(医師・看護師のほか介護士・事務員等を含む)が働いているか」を示す。
クリニックが何軒あっても、小児科医が 1 人しかいなければ待ち時間は長くなる。逆に施設数は少なくても、地域の中核病院に専門医が集積していれば、子どもが急に熱を出した夜でも「診てもらえる」安心は成立する。2 つの数字を重ねて初めて、医療アクセスの実態が見えてくる。
データが示す「数はあるが薄い」街と「数は少ないが厚い」街
全国の市区町村データを見ると、medicalPerPop と medicalWorkersPerPop の間には、思いのほか乖離が大きい街が存在する。
乖離が生まれる構造的な理由は主に 2 つある。第一に、大規模病院の集積効果だ。1 つの総合病院に何十人もの医師と数百人の看護師・事務職員が在籍している場合、施設数としてはカウントが 1 でも、従業者密度は大きく押し上げられる。第二に、施設の種類の違いだ。同じ大分類P でも、歯科診療所や介護事業所・保育所などは施設数としてカウントされる一方、常勤医師は少ない場合が多い(なお調剤薬局は大分類P 外のため本指標には含まれない)。施設数が多いからといって、医師の密度が高いとは限らない。
また、都市規模によっても傾向が変わる点には注意が必要だ。政令市や特別区では人口が大きいため、施設数密度(medicalPerPop)が低く算出されやすい一方、従業者密度(medicalWorkersPerPop)は大病院の集積で高くなる構造がある。逆に、人口の少ない町村では施設数が数件でも密度が高く出ることがある。同規模の市町村どうしで比較することが、データを読む上での基本的な作法になる。
実例 — 地図で見えてくる子育てリスクの温度差
鴨川市(千葉県) は、「数は少ないが厚い」街の典型例として浮かびあがる。人口約 3 万 2,000 人のこの市の medicalPerPop は 32.4 で、全国の一般市の中では特別に高い値ではない。ところが medicalWorkersPerPop は 1,510.8 と突出している。施設密度の約 47 倍にあたる従業者密度が、同規模の市では際立った水準だ。背景には、亀田総合病院をはじめとする大規模医療機関の集積がある。施設の「数」だけを見ていると見逃してしまう厚みが、鴨川市には存在する。
軽井沢町(長野県) は、人口約 1 万 9,000 人の町で、財政力指数 1.65 という高い財政基盤を持ち、近年は移住先としての人気が高い。medicalPerPop は 33.9 と鴨川市とほぼ同水準だが、medicalWorkersPerPop は 410.2 にとどまる。施設密度と従業者密度の比は約 12 倍で、鴨川市の 47 倍と比べると構造的な開きがある。軽井沢は国際的なリゾート地として発展してきた経緯があり、医療整備の水準はリゾート地・別荘地としての特性に対応したものだという背景がある。移住を検討する際には、都市規模と医療規模の関係をあらためて確認しておく視点が有用だ。なお、軽井沢町には高校がなく、周辺自治体への通学が前提になる点も、家族の生活設計と合わせて考えると良い。
千代田区(東京都) は、medicalPerPop 184.5 / medicalWorkersPerPop 4,625.5 と、いずれも全国トップ水準の数値が並ぶ。ただしこれは、東京都心の特別区という構造が大きく影響している。千代田区は昼間人口が夜間人口を大きく上回る就業地区であり、周辺から通勤・通学する人々を含めた医療需要に対応する形で、大規模病院や専門クリニックが集積している。この数値をそのまま「子育て世帯にとっての医療環境の良さ」と読むのは誤読になる。特別区の数値は、住んでいる人口だけを基準にした通常の市区町村とは異なる文脈で解釈する必要がある。
医療アクセスは「移住後に気づく」リスク
子育て世帯が移住先を選ぶとき、保育所の空き状況や学校の評判は事前に調べるが、医療アクセスを詳しく確認するのは意外と難しい。「最寄り病院まで車で何分か」はわかっても、「小児科の常勤医が何人いるか」「夜間の救急対応はあるか」は、住んでみて初めて知ることが多い。
施設数密度と従業者密度の乖離が大きい街では、「病院はある」という安心が実態と一致しないケースがある。医療アクセスは、気候や自然環境と違って、移住後に変えることが難しい条件でもある。
街の通信簿の各都市ページでは、medicalPerPop と medicalWorkersPerPop の 2 値を個別に掲載している。気になる街を開いたとき、2 つの数字が同じ方向を向いているかどうかを確認するだけで、見えてくるものが変わる。移住候補の街を絞り込む際に、ぜひ医療アクセスの欄を読み比べてみてほしい。