待機児童ゼロと保育所密度の関係
— 「ゼロ」は保育の入りやすさの半分でしかない。8市町の実データで読む
こども家庭庁が公表する「待機児童ゼロ」は、保育所の余裕を保証する言葉ではない。埼玉県川口市・狭山市などの通勤圏ではいまも待機児童が出ている一方、千葉県印西市や群馬県前橋市はゼロを維持している。しかも待機児童が出ている市には、この20年で人口が減った街すら含まれる。その差を分ける保育所密度の読み方を、丘田ちひろが解説する。
この記事で分かること
- 「待機児童ゼロ」は、その年の選考にあぶれた子どもがいなかったという結果を示すだけで、保育所の数や余裕を保証する言葉ではない。ゼロに至る道のりは街によってまったく違う。
- 埼玉県南部の通勤圏(川口市・川越市・春日部市・狭山市)は今も待機児童が出ているが、20年の人口変化は+15.5%〜-7.9%とばらつき、春日部市・狭山市はむしろ人口が減っている。人口増加の大きさでは待機児童の有無を予測できない。
- 同じ「ゼロ」でも、印西市(成長しながら供給で追いついた攻めのゼロ)・前橋市(人口微減のなかで保つ安定のゼロ)・吉岡町(小規模で高出生率のゼロ)と背景は3通り。効いているのは人口の伸びより保育所密度で、ゼロの4市町は所沢市を除き2.29件以上ある。
待機児童ゼロは、保育所の余裕を保証しない
「待機児童ゼロ」という発表は、その年の選考にあぶれた子どもがいなかったという結果を示すだけで、保育所そのものの数や余裕を保証する言葉ではない。こども家庭庁が毎年4月1日時点で公表する待機児童数(waitlistChildren)は、全国の自治体の保育の「入りやすさ」を測る代表的な指標として使われる。しかしこの数字は、保育所の受け皿の広さ(人口あたりの保育所数、いわゆる保育所密度)とは別のものだ。ゼロという結果に至る道のりは、街によってまったく違う。埼玉県・千葉県・群馬県の8つの市町を実例に、その違いを具体的に見ていく。
埼玉県南部の通勤圏では、いまも待機児童が生まれている
東京への通勤圏である埼玉県南部の市では待機児童が今も出ているが、その4市の人口の伸び方はまるでそろっていない。川口市(人口約59.4万人)は20年で人口が15.5%増え、待機児童は9人。川越市(約35.5万人)は7.2%増で、待機児童は同じく9人。ところが春日部市(約23.0万人)は20年で4.6%減っているのに待機児童9人、狭山市(約14.9万人)に至っては7.9%減っているのに待機児童12人と、本稿の中で最も多い。
つまり「人が増えたから保育所が足りない」という説明は、この4市には当てはまらない。同じ埼玉県南部の所沢市(約34.2万人)は20年で3.7%増と川口市より伸びが小さいのに、待機児童はわずか1人だ。人口が減った春日部市・狭山市が9人・12人を抱える一方で、人口が増えた所沢市はほぼゼロに近い。人口変化の大きさや向きだけで待機児童の有無を予測することはできない。保育所の建設タイミングや、地域内での年齢別の子どもの偏在など、市区町村単位の平均値には現れない要因が働いている。
同じ「ゼロ」でも、たどり着き方は3通りある
待機児童ゼロを達成した街の中でも、そこに至る背景は「急成長に供給で追いついた街」「緩やかな人口動態のなかで安定的にゼロを保つ街」「小規模ながら出生率が高く需要と供給が伴った街」の3つに分かれる。印西市(人口約10.3万人)は20年で人口が28.6%増え、本稿の8市町では吉岡町に次ぐ伸びだ。それでも保育所密度(nurseryPerPop、人口1万人あたりの保育所等の施設数)は3.22件と8市町で最も高く、出生率(人口千人あたり)も高水準を保ちながら待機児童ゼロを維持している。急成長する需要に、供給側が意識的に追いついてきた「攻めのゼロ」と言える。
一方、群馬県庁所在地の前橋市(人口約33.2万人)は20年の人口変化が-2.8%と微減で、保育所密度は2.41件。人口が増えているわけではないが、需要と供給が安定的に釣り合っている「安定のゼロ」だ。そして群馬県吉岡町(人口約2.2万人)は町という小さな行政単位ながら、20年で人口が32.0%増え、出生率は本稿の中で最も高い。保育所密度は2.29件で、規模は小さくても需要の伸びに供給が対応できている「小規模自治体型のゼロ」に当たる。同じ「ゼロ」という表示の裏に、まったく違う3つの物語がある。
密度指標には「誰の何に対する割合か」という盲点がある
保育所密度(nurseryPerPop)は「その街に住む未就学児の数」に対する割合ではなく、「街全体の人口」に対する割合であることを、数字を読むときは忘れてはならない。nurseryPerPopは保育所数を人口で割り1万人あたりに換算した値で、出典はe-Stat「統計でみる市区町村のすがた」だ。この計算方法のため、高齢化が進んで子育て世代の割合そのものが低い街では、密度の数値が低く出ても、実際にそこで子育てをしている少数の世帯にとっては十分足りている、という逆転が起こりうる。逆に子育て世代の転入が続く街では、密度の数値が平均的でも、体感としては激戦区に感じられることがある。この計算の前提については、姉妹記事「子育て指標の読み方。保育・教育・医療・安全を数字で選ぶ前に。」でより詳しく解説している。
街を選ぶときは、単年の数字ではなく2つの軸を重ねて読む
引っ越し先を絞り込む段階では、待機児童数という単年の結果だけでなく、20年単位の人口変化率(popChange)と保育所密度(nurseryPerPop)を重ねて見ることで、「今年たまたまゼロ」なのか「構造的に入りやすい」のかを見分けやすくなる。本稿で見た8市町のうち、印西市・前橋市・吉岡町はいずれも保育所密度が2.2件を超え、ゼロという結果に構造的な裏付けがある。一方で待機児童が出ている4市も、密度そのものは1.5〜2.2件の範囲にあり、「保育所が極端に少ないから」という単純な説明では片付かない。人口増加のスピードに対して、保育所整備がどれだけ計画的に進められてきたかという「時間差」の問題が大きい。
数字で候補を絞ったあとは、検討している自治体の公式サイトで直近の入所案内、特に0〜2歳児クラスの申し込み状況を確認することをおすすめする。統計は過去1年の結果であり、来年の枠を保証するものではない。数字は地図であり、最後の確認は現地と自治体の窓口に委ねるのが、街の通信簿の一貫した立場だ。