聖地巡礼の経済効果は、どう計算されているのか
— 「253億円」は岐阜県全体・3作品の合計。単年と十年累計が同じ言葉で並んでいる
聖地巡礼の経済効果は、訪れた人のお金が街の中で何段階にも姿を変えながら膨らんでいく現象だ。直接効果に一次波及・二次波及が積み重なり、総合効果は直接効果の約 1.55 倍にまで届くことがある。ただし、その膨らみ方も、対象にしている客層——国内客なのか訪日外国人なのか——も、事例ごとにまるで違う。「聖地巡礼の経済効果 253 億円」という数字を見たことがあるかもしれない。この 253 億円は、十六総合研究所が 2016 年に算出した、岐阜県全体・3 作品(『ルドルフとイッパイアッテナ』『君の名は。』『聲の形』)の合計だ。大洗町の 7.21 億円は単年、久喜市の 31 億円は 10 年累計、沼津市では根拠のまったく違う 2 つの推計が独立に同じ 50 億円台へ着地している——比較できない数字が、同じ「経済効果」という言葉の下に並んでいる。巡田コトが、その仕組みと中身を一つずつ確かめた。
この記事の結論(3行)
- 聖地巡礼の経済効果は「直接効果 → 一次波及 → 二次波及」の三段で膨らむ構造を持ち、岐阜県の調査では総合効果が直接効果の約 1.55 倍になった(十六総合研究所・2016 年)。ただしこれは産業連関表による生産誘発額であり、地域に実際に残る所得を示す粗付加価値誘発額とは別の指標である。
- 聖地巡礼が比較的少ない元手で効くのは、駅・商店街・神社仏閣という街に元々ある風景をそのまま経済活動の場に変えるからだ。大洗町では 2015 年時点で震災以前と比べ 2 割以上の来店者数・売上を維持し、業種や立地による差もほとんど生じていない(筑波大学・2016 年)。ただしここまでは全部、国内客の話。訪日外国人の聖地巡礼は潜在 260 万人以上・消費期待約 4,100 億円規模、満足度 90.0%(21 項目中 3 位)という、別の大きな市場として存在する(日本政策投資銀行・2017 年)。
- 「聖地の経済効果 253 億円」は岐阜県全体・3 作品の合計であり、大洗町 7.21 億円(単年)・久喜市 31 億円(10 年累計・雇用誘発約 316 名)・沼津市 50 億円台(根拠の異なる 2 つの推計が独立に同水準へ着地)と、範囲も期間も推計の厚みもばらばらな数字が同じ言葉で並んでいる。当サイトが収録する聖地 67 作品・50 都市のうち金額を持つのは高山市の 1 件だけで、金額の代わりに継続年数(久喜 17 年・豊郷 16 年・大洗 10 年・沼津 8 年)で比べられる。
経済効果は、直接→一次→二次の「三段」で膨らむ
報じられる「経済効果◯億円」は、聖地を訪れた人が実際に使ったお金がそのまま合計された数字ではない。直接効果に一次波及効果・二次波及効果を積み重ねた総合効果であり、岐阜県の調査では直接効果の約 1.55 倍にまで膨らんだ。
三段の中身はこうだ。まず直接効果——聖地を訪れた人が宿泊・飲食・土産物にお金を使うことで、街の中に最初に生まれる需要。次に一次波及効果——その売上の一部が仕入れ・原材料・輸送などの取引を通じて、別の事業者の生産をさらに誘発する分。そして二次波及効果——そうして生まれた雇用者の所得が、給料として再び消費に回ることで生まれる、いわば「波及の波及」。十六総合研究所が 2016 年に岐阜県で行った調査では、聖地巡礼による県内消費額は約 230 億円、そのうち県内需要額は 162 億円と推計された。そこへ一次波及・二次波及を足し合わせた経済波及効果(総合効果)は約 253 億円——総合効果は直接効果の約 1.55 倍にあたるとされている。名目県内総生産を 0.19% 押し上げた計算になるという。この「253 億円」がどの範囲を指す数字なのかは、後の章であらためて開く。
加えて、この足し算で計算される金額の多くは、産業連関表という統計の仕組みによる「生産誘発額」と呼ばれるものだ。これは仕入れ費用や原材料費も含め、経済全体で動いたお金の総量であり、実際に地域に残った所得・利益そのものを示す指標ではない。地域に残る増分を示すのは一般に「粗付加価値誘発額」という別の指標だとされ、両者が区別されずに語られやすいことは産業連関分析の議論のなかで繰り返し指摘されてきた。「経済効果◯億円」というひとつの言葉の中に、実はこれだけの段階と前提が積み重なっている。
聖地が安く効くのは、街をそのまま資産にするから
聖地巡礼の経済効果が比較的小さな元手で生まれるのは、新しい観光施設を一から建てるのではなく、既にある駅・商店街・神社仏閣・住宅地の路地を、そのまま経済活動の場に変えるからだ。
一般的な観光開発は、テーマパークや宿泊施設、記念館といった新しい箱物への投資を前提にすることが多い。ところが聖地巡礼の多くは、作品の舞台になった駅前商店街や、原作に描かれた神社仏閣、キャラクターが歩いた住宅地の路地がそのまま「聖地」になる。久喜市の鷲宮神社も、大洗町の商店街も、作品の放送前から街にあった場所だ。ファンが訪れることで新たに需要が生まれるのは、既存の飲食店・土産物店・宿泊施設であって、聖地巡礼のためだけに用意された施設ではない。
日本政策投資銀行が 2017 年にまとめた試算では、久喜市の『らき☆すた』(鷲宮神社)による経済波及効果は放送開始(2007 年)から 10 年間で約 31 億円、消費等最終需要により誘発された雇用者数は約 316 名とされている。同資料はこの試算について「様々な仮定に基づいて算出している点に留意が必要」としつつ、「来訪者数や 1 人当たり消費単価等を堅めに(控えめに)見積もっており、実際の経済波及効果は上述額を上回るものと思料される」とも注記している。新しい施設を作らずに、既存の神社と商店街への来訪だけで、この規模の経済効果と雇用が誘発されたとみられている。
効いているのは、商店街の奥まで
聖地巡礼で潤うのは飲食店や土産物店だけではない。大洗町の調査では、買回り品を扱う店舗やサービス業にまで来店者増の効果が及んでいることが確認されている。
石坂愛氏ら筑波大学の研究グループは、大洗町の曲がり松商店街と大貫商店街を事例に、『ガールズ&パンツァー』がもたらした社会的・経済的変化を調査した(地域研究年報 38、2016 年)。それによれば、来店者の増加は飲食店・軽食・土産物店が中心だが、効果はそこにとどまらず、買回り品を扱う販売店やサービス業にも波及している。2015 年時点で、これらの小売店は東日本大震災以前と比べて 2 割以上の来店者数と売り上げを維持しているという。
さらに興味深いのは、業種や立地によって売上の増加率に差が生じる傾向はない、と報告されている点だ。駅前の一等地でも路地裏でも、飲食業でも雑貨店でも、効果の出方に大きな偏りは見られなかった。経営者がファンに対して抱く理解も、来店者数が実際に増えたかどうかに関係なく好転していくという。聖地巡礼が「一部の飲食店・土産物店だけが潤う現象」ではなく、商店街の奥まで届く現象であることを、この調査は具体的に裏づけている。
ここまでは全部、国内客の話だった
ここまで見てきた三段構造も、既存資源の転用も、商店街への波及も、すべて国内客を対象にした話だ。聖地巡礼にはこれとは別に、訪日外国人という、まだ十分に測られていない大きな市場がある。
岐阜県の 253 億円(次章で詳しく開く)は、全国 20〜69 歳男女 1 万人を対象にしたインターネットアンケートが基になっており、訪日外国人の消費は含まれていない。沼津市の経済効果を分析した論文(後述)も、自ら「国内旅行者と海外旅行者の移動経路の違いや消費額の違いを考慮するには至らず」と限界を明記している。この記事でここまで扱ってきた 253 億円・7.21 億円・31 億円は、いずれも国内客、あるいは客層を区別しない全体の数字である。
一方、日本政策投資銀行は 2017 年、訪日外国人だけを対象にした別の試算を出している。訪日外国人の聖地巡礼率は 4.8%(欧米豪はその約 2 倍)、「次回したいこと」として「映画・アニメ縁の地を訪問」と答えた割合は 11.0%(対前年比 +0.5 ポイント)。この数字から見積もられた潜在的聖地巡礼者数は 260 万人以上、消費期待は約 4,100 億円規模——ここまで見てきたどの国内事例よりも大きい。しかも聖地巡礼の満足度は 90.0% で、来日してしたこと 21 項目中 3 位。日本食(89.9%)や四季(89.1%)、温泉(88.7%)と同等かそれ以上という結果になっている。
同じ「聖地巡礼の経済効果」という言葉でも、測っている客層がまったく違う。ここから先は、国内客を対象にした個別の事例——「253 億円」の中身に戻る。
「253 億円」の中身を開くと、岐阜県全体・三作品だった
253 億円は、十六総合研究所が 2016 年に算出した、岐阜県全体・3 作品分の経済波及効果の合計であり、1 つの街・1 つの作品の数字ではない。
岐阜県の地方銀行である十六銀行のシンクタンク・十六総合研究所は、2016 年 10 月から全国の 20〜69 歳男女 1 万人を対象にインターネットアンケートを実施した。対象は 3 作品——『ルドルフとイッパイアッテナ』(岐阜市が舞台)、『聲の形』(大垣市が舞台)、『君の名は。』(飛騨市が舞台)である。この年、岐阜県への聖地巡礼者は約 103 万人、県内での消費額は約 230 億円と推計された。前章で見た三段構造にあてはめると、この 230 億円の県内需要額が 162 億円、そこに一次波及効果と二次波及効果を加えた経済波及効果が約 253 億円——総合効果は直接効果の約 1.55 倍にあたるとされている。
つまり 253 億円は、岐阜市・大垣市・飛騨市という 3 つの街にまたがる 3 作品分を県全体で足し合わせ、さらに波及分まで加えた合計額だ。この範囲を保ったまま使うなら、253 億円は正確な引用になる。
数字は、縮んで流通する
同じ 253 億円が、県全体・3 作品の合計から 1 市・1 作品の数字へと縮んで紹介されることがある。これは誰かの過失というより、数字が伝わる過程で起きやすい、ありふれた現象だ。
2024 年 12 月に公開されたあるウェブメディアの記事では、大学教員へのインタビューのなかで、飛騨市が『君の名は。』の代表例として挙げられ、公開後に年間 17 万人以上の観光客が訪れた結果として経済波及効果が 253 億円になったといわれている、という趣旨で紹介されている。文脈上、これは飛騨市と『君の名は。』単体の数字として読める。だが出典を遡れば、253 億円は岐阜県全体・3 作品を合わせた金額だ。
この記事を名指しで責めたいわけではない。8 年前に発表された「県全体・3 作品」の合計値が、時間を経て「1 市・1 作品」の数字として流通してしまう——この種の縮小は、聖地巡礼に限らず、数字が繰り返し引用される場面ではどこでも起こる。実際、253 億円を算出した十六銀行グループは、高山市の『氷菓』単体についても年間約 21 億円という試算を別に出している。同じ発信元から県全体の数字と 1 市 1 作品の数字の両方が出ているのだから、時間が経てば入れ替わって記憶されるのも無理はない。
単年と十年累計が、同じ言葉で並んでいる
同じ「経済効果」という言葉の下で、単年の数字と 10 年累計の数字と県全体の数字が並んでいる。この 3 つを金額の大小だけで比べることには、ほとんど意味がない。
並べてみるとこうなる。岐阜県全体・3 作品が 253 億円(十六総合研究所・2016 年の単年調査)。高山市『氷菓』が年間約 21 億円(十六銀行)。大洗町『ガールズ&パンツァー』が 7.21 億円(野村総合研究所・2013 年度の単年)。久喜市『らき☆すた』が 31 億円(日本政策投資銀行・放送開始 2007 年から 10 年間の累計)。沼津市『ラブライブ!サンシャイン!!』が 50 億円台。
大洗町の 7.21 億円は、たった 1 年間の数字だ。仮にこれを単純に 10 年分に伸ばせば 72.1 億円になり、久喜市が実際の 10 年間で積み上げた 31 億円を上回ってしまう。もちろんこれは乱暴な計算で、大洗町の巡礼者数が 10 年間ずっと変わらないという非現実的な前提を置いている。だが、この乱暴な計算が成立してしまうこと自体が、単年と累計を同じ「経済効果◯億円」という言葉で並べることの危うさを示している。
そして沼津市の 50 億円台には、さらに別の問題がある。次の章で扱う。倉吉市と『ひなビタ♪』については、金額を明記した一次資料に辿り着けなかったので、本稿では数字を挙げないでおく。
同じ 50 億円でも、根拠の厚みは違う
沼津市の経済効果については独立した 2 つの推計が存在し、どちらも 50 億円台という近い水準に着地している。だが、その根拠の厚みはまったく違う。
一つは、静岡英和学院大学・毛利康秀教授が新聞取材で答えた「50 億円前後」という概算だ。放送開始(2016 年)からの約 4 年間という期間までは辿れるが、内訳や計算式を示す公表資料は見当たらない。
もう一つは、于経天氏・大西健吾氏(京都情報大学院大学)による学術論文「アニメの『聖地巡礼』による沼津市の経済効果の分析」(NAIS Journal Vol.14、8–12 頁)だ。同論文は、観光交流客数の実績値と GROWTH 関数による趨勢予測との差分から、聖地巡礼による純増を 302,859〜381,944 人と推計。この人数に 1 人あたりの支出額を掛け合わせた新規需要額は約 29.4〜35.6 億円、経済産業省の簡易計算ツールを用いた波及効果は約 50 億 8 千万〜61 億 4 千万円と算出されている。
ここで注目したいのは支出単価の根拠だ。原文には「基本支出額として、筆者個人が実施した 6 回の『聖地巡礼』に要した費用より平均して各項目額を次の通りとした」とあり、宿泊一泊 7,300 円、域内の移動交通 1,750 円、飲食 1,500 円、グッズ等購入 3,700 円、各所の入館・入場料 4,000 円という数字が、著者自身の 6 回の巡礼体験の平均から設定されている。同論文自身も「国内旅行者と海外旅行者の移動経路の違いや消費額の違いを考慮するには至らず」と、自らの限界を明記している。
誤解しないでほしいのは、これはどちらの推計も否定する話ではないということだ。前者は取材コメントとしての概算であり、後者は限界を自分で明示した誠実な論文である。それでも並べてみると、「根拠が非公開の概算」と「根拠は公開されているが、単価の元は著者 1 人の 6 回の実体験」という、性質のまったく違う 2 つの推計が、独立に同じ 50 億円台という水準に着地している。数字が一致していることは、その数字が信頼できることの証明にはならない。これが、この記事全体を通して確かめてきたことの、いちばん凝縮された例だと思う。
測られていない側について
経済効果が試算されている聖地は、ごく一部にすぎない。当サイトが収録する 67 作品・50 都市の聖地データのうち、経済効果の金額を持っているのは高山市の 1 件だけである。
当サイトの聖地データベースは 67 作品・50 都市を収録している(アニメツーリズム協会「訪れてみたい日本のアニメ聖地 88」2024 年版の認定作品に、当サイト独自の補足を加えたもの)。このうち経済効果の金額を記録しているのは、高山市『氷菓』の年間約 21 億円ただ 1 件だ。
大洗町も久喜市も沼津市も、本稿でここまで扱ってきた金額は、いずれも当サイトの聖地データには載せていない。継続年数や公認コラボの有無は記録しているが、金額までは持っていない。理由は単純で、金額の試算そのものが存在しない、あるいは算出根拠を確認できる形で公表されていない街がほとんどだからである。
つまり「聖地の経済効果」として語られる数字は、測られた一部の街の、限られた年の記録にすぎない。測られていない大多数の街に経済効果がないという意味では、決してない。ただ計測されていない、というだけのことだ。この区別を、まず自分たちのデータをもって正直に示しておきたい。
金額で比べられないなら、続いた年月を見ればいい
金額で聖地を比べられないなら、続いている年月を見ればいい。継続年数は、単年か累計かに関係なく、同じ物差しで比べられる数少ない指標だ。
当サイトが金額の代わりに記録しているのが継続年数である。久喜市(鷲宮神社・『らき☆すた』)17 年、豊郷町(『けいおん!』)16 年、大洗町(『ガールズ&パンツァー』)10 年、沼津市(『ラブライブ!サンシャイン!!』)8 年。大洗町の商店街では、今も 60 店舗以上がキャラクターパネルを掲げ続けている。
これらの数字には、単年の試算と 10 年累計の試算を取り違える心配がない。「続いている」という事実そのものを数えているからだ。金額は、算出した機関・年・範囲によっていくらでも変わる。だが継続年数は、今年で何年目かを数えるだけでいい。
正直に書くと、この記事を書きながら「253 億円」という数字の華やかさに何度も引っ張られそうになった。大きな数字は気持ちがいいし、街の努力が報われた証拠のように見える。けれど本当に見るべきなのは金額の大きさではなく、10 年、17 年と続けてきた商店街の店主やファンの積み重ねのほうだと思う。次にどこかの聖地の経済効果を目にしたときは、その数字がどの範囲の、いつの、誰の試算なのかを確かめてから、驚いてほしい。